2010年1月24日

10.大政奉還

 幕府の力がおとろえ、農村では百姓一揆が、

都市では打ちこわしが、日本の各地で起きていました。
 
 「大政奉還」を中心にすえた龍馬の「船中八策」は、山内容堂に取り入れられ

土佐藩の建白書として幕府にだされました。

 15代将軍、徳川慶喜は、これを受け入れることにしました。幕府が270年の間

行ってきた政治を朝廷に返すのです。1867年10月13日、京都の二条城に

各藩の代表が集められ、大政奉還が決まりました。

 このことは、後藤象二郎から、龍馬へすぐ知らされました。龍馬はどれほどうれしく

思ったことでしょう。

 11月1日、龍馬は福井藩に松平春嶽と由利公正を訪ねて、新しい政府をどうつくるか、

などについて打ち合わせをした後、11月5日京都の近江屋に帰ってきました。

いそがしい毎日でした。

次回、最終回、つづく・・・

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