10.大政奉還
幕府の力がおとろえ、農村では百姓一揆が、
都市では打ちこわしが、日本の各地で起きていました。
「大政奉還」を中心にすえた龍馬の「船中八策」は、山内容堂に取り入れられ
土佐藩の建白書として幕府にだされました。
15代将軍、徳川慶喜は、これを受け入れることにしました。幕府が270年の間
行ってきた政治を朝廷に返すのです。1867年10月13日、京都の二条城に
各藩の代表が集められ、大政奉還が決まりました。
このことは、後藤象二郎から、龍馬へすぐ知らされました。龍馬はどれほどうれしく
思ったことでしょう。
11月1日、龍馬は福井藩に松平春嶽と由利公正を訪ねて、新しい政府をどうつくるか、
などについて打ち合わせをした後、11月5日京都の近江屋に帰ってきました。
いそがしい毎日でした。
次回、最終回、つづく・・・

コメントする