薩長同盟
長州藩は、下関海峡を通る外国や軍艦を次々と砲撃して、
攘夷を実行しました。しかし逆に1864年8月、アメリカ・イギリス・
フランス・オランダの連合艦隊に攻められて敗れました。薩摩藩も、
1863年7月、イギリスの軍艦に鹿児島を砲撃されています。
外国と戦っても勝てないことがわかった長州藩と薩摩藩は、それぞれ
「攘夷」から「倒幕」の方向へと進むことになります。
龍馬と中岡慎太郎は、何とかしてこの仲の悪い、しかし力の強い二つの
藩に手を結ばせ、倒幕の運動を発展させたいと考えました。
そのため、薩摩藩の家老小松帯刀や西郷隆盛に会ったり、長州藩の
桂小五郎や高杉晋作をたずねたりしました。亀山社中の仕事を通して
できた深いかかわりもあって、2つの藩を結びつけることができました。
こうして、「幕府との戦争が起きたとき、薩摩と長州はおたがいに協力
しあうという約束・薩長同盟」ができました。1866年1月21日でした。

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