3.河田小龍を訪ねる
1853年6月、龍馬が江戸で剣術修行をしていたころ、アメリカのペリー提督が4隻の黒船を率いて
日本にやってきました。開国を迫るためです。
黒船に驚いた幕府や朝廷もどうしてよいかわかりません。日本中が開国か攘夷かで大騒ぎになりました。
土佐藩の役人で画家であった河田小龍は、アメリカから10年ぶりに帰ってきたジョン万次郎から、
外国の様子を聞いて「漂巽紀畧」という本にまとめていました。そのころ土佐に帰った龍馬は、小龍を訪ねました。
「龍馬君、攘夷などといって外国と戦っても勝てるわけがない。それよりも早く外国においつくために船を買い、
航海術を学んで、海運業をおこすことだ。」と言われました。
小龍は、海の向こうに、大きく目を開くことを教えてくれたのです。
つづきは、後日・・・

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